「荒野花咲」
テーマ「新しいことをなす」
聖書 イザヤ 43章14〜21節、第二コリント 5章16〜19節
「見よ私は新しいことをなす。やがてそれは起こる。」(イザヤ書43:19)
これはイザヤ書の中に度々登場する大切なメッセージです。
「新しいこと」とは、70年のバビロン捕囚から解放されるという奇跡的な出来事です。それに対して、過去の事とは、モーセによって率いられ、エジプトから脱出した出エジプトの出来事です。(43: 16、17)モーセによってなされた奇跡に、さらにまさる劇的な新しい神の御業、それがバビロンからの解放です。
しかし「新しいことが起こる」と言うメッセージは、イエス・キリストによっても語られ、伝道者パウロによってさらに強く語られました。
「誰でも、キリストにあるならば、その人は新しく造られたものである。古いものは過ぎ去った、見よ、全てが新しくなったのである。」(第二コリント5: 17)
また、この「新しい」という概念は、神がすべての人のために予定したご計画の中の、未だ開かれていない部分が開かれるという意味でもあります。信仰を持ち、洗礼を受け、さらに聖霊に満たされ、神の愛に揺り動かされる時、私たちが未だ見たことのない神の素晴らしいご計画の世界に目が開かれるのです。その新しい事は、あなたの為にも今起ころうとしているのです。
さて、今年も母の日を迎えました。🌷母の日にプレゼントすることも大切ですが、母の日の意味を通して、神の愛の本質を考えることができたら幸いです。母なくしてこの地上に生を受けた人はいません。母の涙と、多くの犠牲と、祈りと、そして大きな愛が新しい生命を生み出すために必要とされています。
現在の子供たちが精神的に不安定であったり、生きる目的がはっきり見えなかったりする時、母の愛の欠乏の故ではないかと思わせられます。今こそ母の日に込められた深い神の御心を知りたいものです。
今日の私のチャペルの礼拝の時に読まれる暗唱聖句は箴言17:1-2です。
「平穏であって、一塊りの乾いたパンのあるのは、争いがあって、食物の豊かな家にまさる。」と書かれています。貧しい硬いパンで食事をしながらも穏やかな家庭とは、そこに温かい愛に満ちた母の存在が隠れています。しかしそれは単に母性と言うばかりではなく、信仰から来る静かなる愛の証でしょう。
皆様の上にも、この深い神の愛に裏打ちされた愛の人格が共にあって、穏やかで暖かい1日を過ごされますようにお祈りしています。
小田 彰