テーマ「神の約束の実現」
聖書 IIコリント1:15〜22
今日は2021年度のペンテコステ記念礼拝です。五旬節とも言われますが、キリストの復活日から50日目になります。イスラエルの大祭の1つで、過越の祭りの第2日目から数えて7週後、すなわち50日目にあたり、「刈り入れの祭り」あるいは「七週の祭り」とも呼ばれる収穫感謝祭です。
アダムとイブが罪を犯して、エデンの園を追われてから失った最大のものは神の臨在でした。神の霊が彼らの上に宿っていたので暗黙のうちに神との深い交わりに生かされ、真の幸福と魂の平安を持っていました。すなわち聖霊によって安心が与えられていましたが、それを失って空虚と不安、弱さと病、争いと絶望を刈り取ることになったのです。そこで人類にとっては、神の臨在を回復し、聖霊を内に宿すことが真の平和と安心、幸福と希望を得ることになるのです。アダムとイブ以来人類が失った幸福の根源を、ペンテコステの日に再び回復することになりました。文学や芸術の世界では、人の幸せは愛の回復であると言います。しかし聖書の世界では、聖霊の回復こそ人間の本当の幸せであると語られています。
その意味でペンテコステは人類の歴史における最も深い意味を持った日なのです。それは神のご計画の中にありました。救い主イエス・キリストの誕生と、十字架と復活によって私たちが罪から解放される道が開かれました。イエス・キリストの昇天の後、約束の聖霊が私たちに与えられることになったのです。聖霊は私たちが神の子とされたことの証であり、福音宣教のための証印なのです。
神の約束はことごとく、彼(イエス・キリスト)において「しかり」となったからである。だから、私たちは、彼によって「アーメン」と唱えて神に栄光を帰するのである。(1:20)
神はまた、私たちに証印を押し、その保証として、私たちの心に御霊を賜ったのである。(1:22)
①ここに神の約束がイエス・キリストにおいて成就したと宣言されています。
②またイエス・キリストによって、聖霊が与えられ、神の子の証印が押されること。
使徒行伝第2章14節以下で、ペンテコステの日、ペテロが最初の伝道説教の中で、ヨエル書2:28〜32の預言の成就として聖霊降臨の出来事があったと述べています。さらに「このイエスが渡されたのは神の定めた計画と予知とによるのであるが、あなた方は彼を不法の人々の手で十字架につけて殺した。神はこのイエスを苦しみから解き放って、甦らせたのである」(使徒行伝2:23、24)
神の救いのご計画は、アダムとイブの失楽園から始まり、アブラハムやモーセを通し、ダビデの預言の言葉によって、ついにイエス・キリストの誕生を見ることとなります。そして十字架と復活を通し、ついに聖霊がペンテコステの日に注がれたのです。人類幸福回復の道が開かれたのです。
ペンテコステは「神の約束の成就」と言うことができます。神は私たち一人一人を愛し、希望を持って生きるように計画してくださいました。問題や課題が押し寄せてきてしばしば挫折しかかる事はありますが、この約束をしっかりと握りしめていくことができるならば、聖霊によって輝かしく生きる道が開かれているのです。
あなたにも神の祝福の約束は成就します。今週も神の守りがありますようにお祈りいたします。
小田 彰