2024.12.15

「神の国の為に働く者」(コロサイ 4:7〜17、ルカ 1:39〜56)

 

クリスマスの物語に登場してくる人物には、東方の天文学者たち、ベツレヘムの野原にいた羊飼いたち、そしてマリヤとヨセフがいますね。

神の救いの計画がいよいよ実現するために、多くの人々が用いられ、今マリヤは母としての役割を果たさねばなりません。もちろん父ヨセフも半信半疑の中ではありましたが、神の御声に従いました。

しかし、神の救いの計画は、2000年前の出来事ではなく、今日私たちの人生にも実現しているわけです。ですから、4世紀のアウグスチヌスや16世紀のマルチン・ルターや18世紀のジョンウェスレーに至るまで、神の御子イエス・キリストを私たちの救い主として知らせるために用いられました。

私の個人的体験のためにも、両親の信仰ばかりではなく、何人かの有力な信仰の勇者たちが私の人生により鮮明にキリストをもたらしました。

そして今、私はあなたのために救い主イエス・キリストを持ち運ぼうとしているのです。

 

今日はコロサ人への手紙4章の最後の部分で、パウロが自らの伝道を支えた人々を10人上げて紹介しています。根気のいる学びですが、この10人の人々を取り上げてみましょう。

①愛する兄弟「テキコ」。忠実な同労者。

②忠実な愛する兄弟「オネシモ」。

オネシモはコロサイ教会の有力者ピレモンから逃亡した奴隷であったが、パウロに出会い、救われて忠実な伝道者となり、コロサイ教会に戻ろうとしています。パウロがこの青年の信仰の立て直しと、将来の伝道者としての可能性を期待しながら、温かい言葉を送っていることに感動します。

 

さらに3人のユダヤ教からキリスト教へ回宗した人々について、パウロは語っています。

③「アリスタルコ」ユダヤ教からの回宗者。

④「マルコ」バルナバのいとこであり、少年期からイエスの弟子たちの間で育ち、ペテロやパウロとともにありました。ペテロの言葉を筆記して、マルコによる福音書を書きました。

⑤「ユストと呼ばれているイエス」

「割礼の物の中で、この三人だけが、神の国のために働く同労者であって、私の慰めとなった者である」(コロサイ4:11)

ユダヤ教からキリスト教へ回宗した人たちはたくさんいたでしょうけれど、ここでこの三人だけが心を同じくする人であり、彼の慰めとなったという表現は、大変厳しい言葉ではないかと思います。どうしてもキリストのみという福音の中心から離れて、伝統的な宗教観に立ち戻る人が多かったのでしょう。

 

⑥「キリスト・イエスの僕エパフラス」彼はコロサイ教会を創立した人物であり、今導きを求めてローマの牢獄を尋ねています。

⑦「愛する医者ルカ」ギリシア人の医者であるが、パウロの伝道に常に同行した人物であり、ルカによる福音書の著者でもあります。

エパフラスとルカの役割は、非常に大きく、パウロの支えであった。

⑧「デマス」はテサロニケ出身者で期待されたが、しばらくの後信仰を失い、パウロから離れていきました。(第二テモテ4:10)

 

次の二人はラオデキヤ教会のために貢献した人々でした。

⑨「ヌンパ」ラオデキヤ教会の為に自宅を開放して教会堂とした人。

⑩「アルキポ」コロサイ教会の有力者の関係者であり、ラオデキヤ教会のために労苦したらしい。ピレモン家の息子ではないかとの説がある。

 

大変細かなご紹介をしましたが、ローマの獄中にあるパウロが手紙の最後に、これほどの人々の名前を挙げて祈っている姿に感動します。イエス・キリストの救いの言葉が伝えられるために、多くの人々が涙と汗を流し、その命を捧げたのです。

 

受胎告知を受けたマリヤの賛歌(マニフィカート)に、

「この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今から後、代々の人々は、私を幸いな女と言うでしょう。」(ルカ1:48)と歌っています。神の御子の母となった女性は実に幸福者であるとも言い得ますが、

十字架の足元で息子の死を見守らなければならない苦難の母となった事も事実です。

 

私は思います。神の恵みを受け、その愛に生かされたものは、また神のご計画を担うものとなります。そしてキリストのために苦しむことを人生最高の喜びとするように導かれるものです。

クリスマスを祝うということは、喜びと苦しみを共に神より受けるという意味であることを確認しましょう。

 

心から祝福をお祈りいたします。

小田 彰