「立てられた人々」(マルコ3:13〜30、エペソ2:1〜10)
ガリラヤ湖畔から始まったイエスの宣教は瞬く間に拡大していきました。これまではシモン、アンデレ、ヤコブ、ヨハネと取税人マタイの5人の弟子たちでしたが、さらに7人を加えて、イエスの弟子団の形成がなされました。
「さて、イエスは山に登り、御心にかなった者たちを呼び寄せられたので、彼らはみもとに来た。そこで12人をお立てになった。彼らを自分のそばに置くためであり、さらに宣教に遣わし、また悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。」(マルコ3:13〜15)
①イエスは重大なことを決定するときには、必ず山に登って祈ったようです。常に麓では群衆が押し寄せてきましたので、真の弟子を育てるためには、彼らを群衆から引き離さなければなりませんでした。また、常に共にいることにより、神の僕として生きる姿が何であるかを見せなければなりませんでした。
②12人の弟子を選ばれましたが、誰ひとりとして社会的にエリートであったり、宗教的に知的であった人はいません。むしろ性格は粗暴で短気なものが多くいました。ペテロはそのひとりであり、後にイエスを知らないと3度裏切った人物でした。トマスは復活のイエスを信じることができませんでした。そしてユダは金銭欲があったのでしょうか、銀貨30枚でイエスを売ってしまいました。なぜこのような人たちが選ばれて十二使徒とされたのでしょうか?
イスラエルは12部族に分かれていましたから、この12人が世界の教会のリーダーとなるべきだと思われたのでしょうか。
③そこで、「イエスの弟子訓練方法」について考えてみましょう。
精神的に弱いものを選び強くし、
不信仰なものを選び、強い信仰者とし、
自己中心的な人を造り変えて、
神中心の愛の人とします。
むしろ失敗によって、悔い改めて神に従う道を学ばせようとなさいました。
「神はキリストにより、聖霊によって、人を造り変えられます。
そして、人は、神の期待に応えるために、造り変えられねばなりません。」
④弟子たちがイエスと共に過ごした時間はおよそ3年半でした。そして、十字架の死によって劇的に別れることとなりました。にもかかわらず、これらの人々が最初の証人となり、教会の土台を築いたのは、イエスの後に来る聖霊の働きでした。
⑤キリストの臨在、宣教の言葉、そして奇跡を行う神の権威を習得するためには、人の側からの激しい祈りが必要となります。
「聖歌」編纂の父となった中田羽後の父、中田重治は、献身はして神学校で学んだものの、全く無力なことに気づかされ打ちのめされました。飢え渇いて、シカゴのムーデー聖書学院に行きました。聖霊の力を求めていたからです。大きな恵みを受けて、帰国後ホーリネス教会を立ち上げました。その流れは私たちにまで及んでいます。
⑥神の選びに応えるキリスト者の祈りが、神の器として人を変えるものです。それは聖職者のためばかりではなく、すべてのクリスチャンのためでもあります。
あの短気で名誉欲が強く、いざとなったら臆病であったペテロは、のちに指導者となって次のように語っています。
「あなた方をキリストにある永遠の栄光に招き入れてくださった溢るる恵みの神は、しばらくの苦しみの後、あなた方を癒し、強め、力づけ、不動のものとしてくださるであろう。」(第一ペテロ 5:10)
さて、キリストの受難を思うレントの季節ですが、主の愛に応えるものとならせていただけるように祈り求めて参りましょう。
神の祝福が豊かにありますようにお祈りいたします。
小田 彰